【解説】医療機器サプライチェーンの危機:日米が直面する「透析インフラ」の脆弱性
- 山田悠史

- 5月5日
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山田悠史医師の「医者のいらないニュースレター」より。医者のいらないニュースレターの登録はこちらから

人工透析に欠かせない医療機器が、日本と米国で相次いで不足の危機に直面しています。背景は「中東情勢による原料不足」と「サプライチェーンの寡占化」と異なるものの、いずれも命を支えるインフラの脆弱性を浮き彫りにしました。日米それぞれの現状と、必要とされる対策を整理します。
近年、私たちの生命維持に直結する医療インフラが思わぬ形で脅威に晒されています。現在、日本とアメリカの双方で、人工透析などに不可欠な医療機器の供給危機が表面化しています。引き金となった原因は両国で異なりますが、浮き彫りになったのは「医療物資のサプライチェーンが抱える構造的な脆弱性」という共通の課題です。本稿では、日米それぞれの現状と今後の見通しについて解説していきます。
中東情勢が直撃する日本
現在、日本が直面しているのは、中東情勢の悪化に端を発するプラスチック原料「ナフサ」の世界的欠乏による直接的な打撃です。
日本やアジアの医療機器メーカーは、製造工程において中東産のナフサに大きく依存しています。ロイター通信の報道によると、ナフサの供給不足により、国内シェアの大部分を占める医療機器メーカーのタイやベトナム工場で生産に遅れが生じ始めています[1]。影響は深刻で、人工透析に使用されるチューブなどの「透析回路」は、早いもので2026年8月ごろから国内への出荷が困難になる可能性が指摘されています。また、手術用の廃液容器に至っては4月半ばで供給が途絶える見込みとされています。日
本国内には約34万人(2024年末時点)の透析患者がおり、代替品の確保や調達先の多角化は待ったなしの状況です[2]。 政府も危機感を強めており、高市政権下で経済産業省などがエネルギーの安定供給を含めた対応策の整理を急いでいるようです。
構造的弱点が露呈した米国
一方、アメリカの状況は日本とは少し異なります。アメリカでは、国内で豊富に採れる天然ガス由来の「エタン」をプラスチックの主な代替原料としているため、今回の中東情勢を起因とするナフサ不足の直接的な影響は受けていません。
しかし、それならアメリカで全く問題がないのかといえば、そうではありません。アメリカもまた透析回路をはじめとする医療機器の深刻な不足に喘いでいるのです。その原因は、サプライチェーンの「極端な寡占化」と「製造拠点の偏在」という構造的な弱点にあるようです。
アメリカでは、2025年初頭に主要サプライヤーの工場で発生した製造・供給トラブルの余波が現在も長引いており、FDAのリストでも血液回路が全国的な不足状態の物品に指定されています[3]。 過去にも自然災害による特定工場の被災で全米の透析液が枯渇する事態が起きており、単一の企業や地域に過度に依存するリスクが恒常的に顕在化しているのです。
命をつなぐインフラを守るための課題と今後の展望
「原材料の海外依存(日本)」と「サプライヤーの寡占化(米国)」。原因は違いますが、一部の供給網の乱れが即座に患者の命を脅かすというリスクは日米共通です。
この危機を乗り越えるため、日米の現場では使用機材の最大限の節約と、重症患者への優先使用といった運用レベルの対応が迫られています。さらに抜本的な対策として、アメリカの米国腎臓学会は政府に対し、透析関連物資を自然災害や有事に備える「国家戦略備蓄」に正式に組み込むよう強く求めています[4]。
日本においても、今回のナフサ不足を教訓とし、調達ルートの多角化や国内製造基盤の支援、さらには重要医療物資の国家的な備蓄体制の構築が不可欠となるでしょう。グローバル化に伴い、いわば効率化されすぎてしまったサプライチェーンを、いかに強靱なものにしていくか。日米の医療現場と政府は今、大きな岐路に立たされているといえるでしょう。
引用文献
[1] Reuters(ロイター通信)「ナフサ供給不足に関する報道」2026年3月27日。URL: https://jp.reuters.com/markets/commodities/HJNOEZOE4RPQXNDYBVOA3CXZMA-2026-03-27/ (参照日:2026年4月17日)
[2] 日本透析医学会(JSDT)統計調査委員会「わが国の慢性透析療法の現況(2024年12月31日現在)」日本透析医学会ホームページ(統計調査資料)。URL: https://docs.jsdt.or.jp/overview/ (PDF例:本文https://docs.jsdt.or.jp/overview/file/2024/pdf/01.pdf ) (参照日:2026年4月17日)
[3] U.S. Food and Drug Administration (FDA), “Disruptions in Availability of Hemodialysis Bloodlines — Letter to Health Care Providers,” March 14, 2025. URL: https://www.fda.gov/medical-devices/letters-health-care-providers/disruptions-availability-hemodialysis-bloodlines-letter-health-care-providers (参照日:2026年4月17日)
[4] American Society of Nephrology (ASN), “RE: CMS-1516-ANPRM—Medicare Program; Ensuring Safety Through Domestic Security with Made in America Personal Protective Equipment (PPE) and Essential Medicine Procurement in Medicare Participating Hospitals” (comment letter), March 30, 2026. URL: https://www.asn-online.org/policy/webdocs/26.03.30DomesticSupplyChainLetterfinal.pdf (参照日:2026年4月17日)

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